大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和31年(行)2号 判決

原告 大本晋

被告 広島県知事 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告広島県知事が昭和二十九年六月十四日附を以てなした譲渡人被告大本義三、譲受人被告原清則間の別紙目録記載の農地に対する所有権移転の許可は無効であることを確認する。被告大本義三、同原清則は右土地につき広島法務局忠海出張所昭和二十九年十月二十日受付第八四三号を以てなした右両名間の同日の売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

(一)  豊田地方事務所長は被告広島県知事から委任された権限に基き、昭和二十八年十二月十九日附を以て、別紙目録記載の農地につき、譲渡人被告大本義三、譲受人原告間の所有権移転を許可したが、被告広島県知事は、右農地につき重ねて昭和二十九年六月十四日附を以て譲渡人被告大本義三、譲受人被告原清則間における所有権移転を許可した。しかしながら、右第一の許可処分が取消その他の原因によつて失効していないのに、同一農地について重ねてなされた右第二の許可処分は、その効果として所期の法律関係を発生せしめ得る余地なく、無効である。

(二)  被告大本義三は、右農地につき原告に対する所有権移転登記の手続をしないで、被告原清則に対し、右無効な第二の許可処分に基き、昭和二十九年十月二十日広島法務局忠海出張所受付第八四三号を以て、同日の売買を原因とする所有権移転登記手続をなしたが、これは前記のようにその登記原因を欠く無効な登記であるから、原告は右被告両名に対しその抹消登記手続を求める。

と述べた。

被告等指定代理人及び訴訟代理人は何れも主文同旨の判決を求め、原告主張に対する答弁として、原告主張のような所有権移転許可処分及び登記手続がなされたことはそれぞれこれを認め、更に被告広島県知事指定代理人は、県知事は、譲渡人、譲受人の連署による農地所有権移転許可の適法な申請があつた場合には、右所有権移転が農地法第三条の規定及び同法全般の趣旨に反しない限りこれを許可することができ、右許可処分は、所有権移転の契約乃至その履行とは別個無関係なものであるから、例え同一農地につき二重に所有権移転の許可がなされても、その故に無効とはならないと述べ、又被告原清則、同大本義三訴訟代理人は、本件農地を被告大本義三から原告に譲渡する約束は、昭和二十九年一月十六日に両当事者の合意により解除され、同月三十日右両名から在村農業委員会に対し所有権移転許可申請を取下げる手続がとられていたので、右土地につき重ねて所有権移転の許可がなされたことに何等の違法もなく、仮に右解約の事実が認められないとしても、原告に対して所有権移転登記がなされていなかつた以上、登記簿上の所有権者たる被告大本義三から第三者に対する所有権移転が許可されたことは正当である。と述べた。

原告訴訟代理人は、右解約及び許可申請取下の抗弁事実を否認した。

理由

別紙目録記載の農地については、昭和二十八年十二月十九日附を以て、被告広島県知事から権限の委任を受けた豊田地方事務所長により、譲渡人被告大本義三、譲受人原告間の所有権移転が許可されたが、右両名間の所有権移転登記がなされないでいたところ、重ねて被告広島県知事により、昭和二十九年六月十四日附を以て、譲渡人被告大本義三、譲受人被告原清則間の所有権移転が許可されたことは、当事者間に争がない。

そこで、同一農地につきなされたかゝる相牴触する二重の所有権移転の許可は無効であるとの原告の主張の当否について検討する。

農地について都道府県知事により所有権移転の許可がなされても、それによつて当然に、右許可を受けた譲渡人譲受人間の権利の変動が生ずるものではなく、所有権移転の原因としては、契約その他の法律原因を必要とするのであるから、右契約等による所有権の移転は、他の一般の不動産の場合と同様、登記手続を経ない限りこれを以て第三者に対抗することができないことも明らかである。

農地に対する所有権の移転について民法第百七十七条の適用を排除し、知事の許可を受けた譲受人は登記を経なくとも排他的な権利を取得し得るものとなすべき根拠は全く存しない。従つて、一旦知事の許可を得て所有権移転契約の結ばれた農地であつても、右契約に因る移転登記のなされない間は、第三者が登記簿上の所有権者との間で知事の許可を得れば、所有権移転契約を結ぶことも可能であり、右第三者が所有権移転登記を得れば完全な所有権者となり得る。このように一般私法上の関係においては有効に移転契約の当事者となり得る譲渡人譲受人から所有権移転許可の申請があつた場合には、知事は農地法の規定に反しない限り右移転を許可し得るものと解すべく、先に同一農地につき所有権移転の許可がなされた一事を以て右許可を拒むべきではない。蓋し知事の許可はそれ自体が所有権移転の原因となるのではなく、一般的な所有権移転の禁止を解いて許可された当事者間における所有権移転を可能ならしめる効果を持つものに他ならない以上、右許可の前提となる一般的法律関係としては、許可を申請した譲渡人譲受人間において本来所有権移転が可能な場合であることを以て足りるからである。二重譲渡等に絡む法律関係の安定は、前記のように他の不動産の場合と同様、これを登記制度に俟てばよく、農地法上の知事の許可がかゝる機能まで果すべきものではない。

以上のように考えると、同一農地につき先になされた所有権移転の許可と牴触するの一事を以て、譲渡人被告大本義三、譲受人被告原清則間の所有権移転の許可が無効であるとする原告の主張は理由がなく、右主張に立脚する原告の本訴請求は失当たるを免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 宮田信夫 五十部一夫 横山長)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例